こんにちは。
唐突なはじまりですが、スタートのスタートはまさかの『入院』から。
安定期に入ってすぐの頃(約6ヶ月)、年末の大掃除を張り切り過ぎたのか関係ないのか切迫早産に・・・なりかけ入院を余儀なくされました。
お恥ずかしいのですが、診察に来た時に先生から「入院だね」と言われた瞬間、
「先生~、入院だけはなんとかなりませんか~(・_・;)」
と言ってしまいました。モチのロンで、今がどういう状況か説明をされ荷物を取りにいき、そのまま病院へリバースでしたが。
自由をこよなく愛するアタシの心は入院宣告の時点で完全に崩壊し、毎日泣いていました。
妊婦とパニック障害
ある日、部屋から出てナースステーションまで歩いていくと
「キャー。Kit-momさん、なんで歩いてるのーー?」
と慌てて車椅子に乗せられました。そりゃそう。絶対安静なのですから。
しかしその頃、本当に心の余裕がなく、頭では分かっていてもちょっとした事ですら受け入れられずにいました。それに付け加え、パニック障害もぶり返していたのでとても悲惨でした。
仕事を辞めたため収入はプッツリと途切れたのに、これからの支払いや学資保険、貯蓄の心配がひたすら頭の中を駆け巡ります。それなのに何ヵ月の入院生活になるのか、入院費は・・・。
と不安が重なっていきます。
そのため発作が起きることもありました。
薬は先生に妊娠していると伝えたうえで処方してもらっているので、大丈夫と分かっていても発作が起きた時の判断なので、
『だめかも、飲んではダメなんじゃないか、赤ちゃんに何かあったら・・・』
とネガティブ発想に。
『あーーーーー息がつまりそう!!!』
負のスパイラルonスパイラルです。
そして!ついに!退院!
ではなく個人病院では危険と判断され大きな総合病院に運ばれてしまいました。
予定は未定なままとりあえず泣いては読書。また泣いては編み物。そしてまた泣いてバラエティー見て笑って寝る(笑うんかいw)
まぁなるようにしかなりませんが、何事も制限されていることにもとにかく窮屈だったのでしょう。
普段でもフヮッとしていたい人間なので、縛られると逃げたくなるのが性分なんです。
おおげさかもしれませんが、世界が終わりそうな程の絶望感の嵐でした。
核心をつく一冊の本
入院中は時間しかないですよね~。産まれてくる赤ちゃんの名前や、仕事のこと、いらないことまで考える程。
廊下へ出ていくと窓の前にベンチがあり、息苦しくなるとそこまで来ては窓を開け、隙間から入ってくる風で深呼吸をしていました。(病院の窓が全開に開かないため)
たぶん変な人っぽい光景だったのでしょうが、本当にそんなことでも少しは気分転換になるものなのです。
そんなとき窓辺の本棚にあった1冊の本に出会うのです。
『“自分の人生”生きてますか』という本のタイトル。アタシにはドンピシャでした。
『いや、生きてないや。』
アタシを客観的にみたら“好きな事やってるでしょ”風なのかもしれませんが、ここ数年は我慢や他者優先が多めになっていた気がします。
全力で“自分が自分として生きる”ことを少し諦めかけていました。
大人としてあたり前なこと、だれにでもあること、なのでしょうが入院という試練にぶち当たったとたん、自分の中で誤魔化してきた気持ちや、長年のジレンマの壁、現状のもどかしさの壁など全てのことが大きなラスボスのような絶対的な存在感で迫ってきたのです。
まぁ~キツイ。それはそれはしんどい気付きでしたね。その時は。
気分転換が良き方向に
そしてある日ぶっ壊れたのか『あ、ハワイに移住しよう!』と閃きました。
や、簡単ではないですよ。今“移民問題”がざわついていますし。
それよりも『南の島ハワイで和やかな生活ができたらな~』と想像したときにとても楽しくなってしまいました。
気候が良くみんなに愛され続けるHAWAII。毎日プルメリアを眺めて、ダイヤモンド・ヘッドをバックに写真を撮り、パンケーキを食べて子供とお散歩してたら虹が出て♡
ほらね、とても穏やかな気持ちに!!
それから毎日、ハワイに関しての情報収集をしました。コンドミニアムや民泊、ハワイに住む人のブログや求人、とにかく色々な記事を読み勉強しました。気付けばそれまでの自己嫌悪のスパイラルがいつの間にかブチっと途切れて気分はハワイに。(単純w)
徐々に絡まった心がほどけていくようでした。
『母体にいるとき母の心境は子供に大きく影響する』と聞いたことがあったので、それまでは「弱虫でゴメンネ」とお腹に向かって言っていましたが、しだいに“一緒に頑張るね”と伝えられるようになりました。
いつの間にか、とても前向きに変化していました。
そこで気が付いたのです。
ゴメンネと繰り返しては泣いている母よりも、自分らしく生きている前向きな母のお腹のほうが子供からしても心地良いはず。「ゴメンネ」よりもよっぽど思いやりのある態度なのだろう。
そこに辿りつくまではそうとう苦しかったですが、家族や友達や看護師さん、我が子の存在の支えもありそのつらい時期も乗り越えられました。
何度も心が折れかけたりしましたが、自尊心を取り戻させてくれた臨床心理士の先生には特に感謝しています。
今は冷静に話せます。すべてが出逢いとタイミングだったのでしょう。
それまでのとどこおったものが一気に流れ出た感じでスッキリしています。
辛い時の解消法
一言で“辛い”といっても人それぞれですね。
痛みに弱い、心がガラス、なんであろうと入院という状況で嬉しい人は少ないと思います。
今回の『切迫入院』という妊婦さん特有の入院は、これから産まれてくる我が子の安全プラス自分の我慢の戦いです。
アタシの場合は初産ですし、旦那さんの心配はないので、気が楽な部分もあります。かわりにぶつけるところもなければ孤独感もある。
同じ部屋の患者さんは逆に、2人目の子の切迫で入院なので旦那さんの事はもちろん、上の子も淋しがってるだろうなーとか心配ですよね。
まわりの人の話も参考にしたり、看護師さん達に聞いたり調べたりして学ぶことも沢山ありました。そうして知識を積み重ねてゆくんですね。
学ぶといえば、病院の売店に置いてある本などは本当に良いチョイスだなーと思いました。
やはりデリケートになっている人が多いので、心に響くようなものからクロスワード等の時間をかけて解いていくもの、付録つきの雑誌や自己啓発本まで。
アタシはわりと自己啓発本が好きなので、そういう文章を読んで、気持ちを盛り上げていました。
あと、趣味がある人はこういう時など本当に役立ちます。
アタシの場合ですが、編み物と読書でしたね。あとはイヤホンでひたすら好きな曲を聴いていました。
ベッドにいて出来るものしか発揮できませんが、逆にこれを機に何か新しいことに挑戦しても良いですね!!
お見舞いに来てくれた友達は、『大人の塗り絵』や『風水の本』、『羊毛フェルトのキット』や『英語の本(CD付)』まで色々と考えて持ってきてくれました。
手作りの炊き込みご飯や肉じゃがを差し入れしてくれる子もいましたし、卵焼きを焼いたりリンゴを切ってきてくれたり、納豆やジャムなどを持ってきてくれる子も(笑)
感謝しかなかったですね~~。友達の顔を見たり話したりしていると、本当に救われました。
食事制限などがある方は難しいですが、誰かお見舞いに来てくれるというと、コンビニのマンゴーパフェをお願いしていました(笑)
臨床心理士さんの存在
とにかく苦しい頃、浮き沈みが激しい頃には薬を処方されていましたが、大丈夫と言われてもできるだけ飲みたがらないアタシを見かねた看護師さんが心配をし、臨床心理士の先生を紹介してくれました。
心がだいぶグチャグチャだったので、何から話せば良いのかと思っていましたがやはりプロ!
質問をされ、答えていたらボロボロと言いたいことが溢れ出て、自分でもびっくりするくらいの涙の量!(笑)
聞き上手なのであとは優しく聞いていてくれました。週1くらいのペースで話をするあいだにどんどん楽になっていきました。
心の整理がつかない時、折り合いがうまくいかない時は今もあるけれど、全てに自分を押し殺す必要はなく、尊重するところはしても良いんだと切り替えて考えられるようになり、パニックにならず少し深呼吸をしてみることが出来るようになりました。
先生とのやりとりが立ち直りのきっかけとなり、退院までにはだいぶ元気な自分を取り戻し、なんとか落ち着きました。
先生にも、勧めてくれた看護師さんにも本当に感謝しています!!
新しく出会う本や物、とにかく何かヒントはあるはずです。自分と相性の良いものに出会えると、いつも以上に喜びを感じます。自然と感謝ができます。
アタシは新しい自分にも挑戦したりと、前向きに頑張っていこうと思います。
このポーチは同室の仲良くなった子へプレゼントしました。
これも出会いですね。元気かな~
後に退院し1ヶ月後、無事に普通分娩で健康な男の子が産まれました。
ハワイへの渡航は少しおあずけですが、赤ちゃんには入院中に『KIT』と名前をつけ、アタシの中で密かにミドルネームにしています♡
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